笑顔の行方【3】
~9~
わたしは軽い足取りで、波打ち際まで行って、海水を触った。
「うわ、冷たー」
海水はわたしの想像をはるかに超えて冷たかった。
手が凍りそう……。
「冷たいに決まってるだろ。寒いって言ってる奴が、普通、触りにいくか?」
後ろから竜也が叫んで、あきれている。
「い、いいでしょ……」
そう言いながらも、わたしは竜也のもとへ向かった。
そして竜也のとなりに座った。
だれもいない海。
竜也とふたっりっきり。
すごく寒い。
でもね……。
何だか暖かくって、すごく静かで、落ち着くんだ。
「何か……ここ、いいね……」
「そうだろ? ここにいると、すっげー落ち着くっていうかさ……。素直に物事を考えられるんだ」
「竜也に一番必要な場所だね」
わたしは、そう冗談っぽく言ってニコっと笑った。
「うるせーよ」
そう、竜也はぶっきら棒に答えた。
会話が途切れると、潮の音が辺りを包んだ。
何だか口数も少なくなっちゃう。
わたしは目の前に広がる海を見た。
もしよ、もし、竜也の心がこーんなにも広かったら……。
わたしの気持ち、受け止めてくれるのかな……?
……なんて思っちゃう。
~10~
「……お前さ、今日、どうした? 何か元気なかったみたいだけど……」
不意に竜也が口を開いた。
「そ、そうかな……?」
何だか声がうわずちやう。
「そうだよ。何かあった? オレでよかったら聞くぞ」
「うん……。……ううん。なんでも無いよ!」
「そっか……」
そう言うと、また静かな空気が漂った。
竜也こそ変じゃな?
いつもの竜也じゃないみたいだもん。
何か調子狂っちゃうな……。
「なぁ、ちょっと歩こうぜ」
竜也はそう言うと、立ち上がった。
わたしもつられて立ち上がると、竜也の後をついて歩いた。
何だか、恋人同士みたい……。
さざ波の音を聞きながら……。
夕方の海岸をふたりで歩いて……。
何気に前を歩いていた竜也が振り向いて。
わたしの手を取るんだ。
で、手をつなぎながらふたりで歩くの。
ちょっとあこがれてた風景。
なんだか照れちゃうな……。
なんて、勝手な想像しながら歩いていると竜也が急に立ち止まった。
「ど、どうしたの?」
ぶつかりそうになって、わたしは足を止めた。
竜也はわたしのほうを向くとじぃーっとわたしを見つめた。
竜也の瞳とわたしの瞳がぶつかった。
心臓はドキドキが止まらない。
~11~
「な、何?」
そう問いかけても竜也は何も答えない。
ただただ、わたしを見つめてるだけ。
なに?
何だか竜也の瞳の中に吸い込まれそう。
「竜也? おかしいのは竜也じゃない? どうしたの?」
わたしがそう言うと、何かに操られたように竜也がわたしを引き寄せた。
えっ?
「ちょ……」
「花澄?」
竜也が耳元でささやいた。
わたしの全身が一気に熱くなった。
竜也に抱きしめられた身体は、硬石のように固まっている。
な……に……?
何が起こってるのか分からない。
壊れそうなくらい心臓はドキドキしている。
「花澄……。……付き合お!」
「えっ?」
何……?
い、今……。
今、何って言った……?
今……。
つ、つき合お……って……?
「だから……。花澄のこと、好きなんだよ。一緒にいてほしいんだよ」
~12~
う、う……そ……。
た、竜也が……?
わ、わたしのことを……?
好き……だって……?
えっ……?
し、信じられない……。
だって……。
竜也……。
何……。
わー、頭の中パニック!
言葉が出ない!
わたしも好きだよっ! って言いたいのに……。
驚きとうれしさでいっぱい……。
「なっ、一緒にいよう」
竜也は念を押すようにわたしに言った。
信じていいんだよね。
「……うん……」
わたしはそううなずくのが精一杯だった。
「マジ?」
竜也はそういうと、急にわたしを引き離して、信じられないという顔でわたしを見た。
そんな竜也の顔を見てたら、自然と勇気がわいてきたんだ。
素直に言える。
ううん。
言わなきゃいけない!
だって……。
わたしも竜也のこと、好きだもん!
竜也?
信じるからね。
竜也の気持ち……。
「うん。竜也……ありがとう。すごくうれしい。……わたしもね、ずっと、竜也のことが好きだったんだ。でもね、この気持ち、伝えられないのかと思った……」
何だかうまく言えない。
「伝えられないのかと思った?」
「うん……。だって、わたしの気持ち言っちゃったら、今の竜也との関係、壊れちゃうんじゃないかって……」
だんだん声が小さくなっちゃう。
「壊れるわけねーだろ! もっと自分に自信もてよ! オレ、花澄ぐらい受け止められるよ」
竜也はわたしをまっすぐ見てそう言ったんだ。
もっと自分に自信もてよ!
花澄くらい受け止められる。
そう言った竜也の言葉が頭の中を回った。
そう思っててくれたんだね。
~13~
「ありがとう」
何だか照れちゃう……。
「分かればよろしい」
竜也はそう言うとはにかんだ。
竜也とここにこれてよかった。
本当に心からそう思った。
「あっ、あと……。マフラーも、ありがとね」
さっき言えなかった、
「ありがとう」
も言える。
「それ、やるよ! まぁ、オレのせいで風邪ひいたって言われてもかなわんからな」
竜也はそう笑って言った。
いつもの竜也だ。
わたしはそんな竜也にずっとついていきたい! って思った。
ずっと一緒にいたいって……。
長かった4年間。
楽しいことも、苦しいこともいっぱいあった。
泣いたことだって何回あったか……。
そんな4年分の思いが通じて……。
わたしと竜也の距離が縮んだ気がした。
「帰るか? 寒いし……」
「うん」
わたしはそう元気よく返事をした。
きれいなオレンジ色の夕日を背にして、わたしと竜也は駅に向かった。
何だかすごくすっきりした感じ。
明日からは何かが変わる気がした……。
<<END>>
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